【経 歴】
S40年 鹿児島県に生まれる。
S55年 4月 鹿児島県立川内商工高等学校 入学。
S55年 6月 6月30日 同上 退学。
S55年 7月 有限会社下園水産 正社員として入社。
S57年 4月 農業後継者として登録。水稲4.8ヘクタール耕作。
S57年 6月 同上 退社。
S57年 7月 株式会社山武養豚場 正社員として入社。
S59年 6月 同上 退社。
S59年 7月 実兄と一緒にゲーム機のリース業を開始する。
S62年 喫茶とまとを開店。
H 2年 カラオケハウス歌王を開店。
H 7年 娑婆と離れ、一人で修行に入る。
H 8年 修行中、枕元に立って、
経典の解説をしてくれる、「夢の中の師匠」が現れ始める。
H 9年 「夢の中の師匠」から
『替え歌カラオケをやってみろ。』とお告げを頂く。
H14年 修行を終え帰って来る。
H14年 5月 曹洞宗の山崎住職に御縁あって、
得度灌頂を頂き曹洞宗登録簿に登録され出家し僧侶となる。
H15年 1月 宗教関連事業として、国際人権擁護協会を団体設立し登録。
H19年 7月 株式会社三奈を設立。
脳梗塞・胆のう摘出手術・
心臓バイバス手術等色々な病と闘病生活。
H23年 3月 同上会社を株式会社サンナに社名変更。
H26年 3月 非営利団体国際人権擁護協会に団体名を変更。
H27年 3月 『替え歌通信カラオケサーバ
及び替え歌通信カラオケシステム』の特許を取得。
H27年 6月 『カエカラ』で商標登録。
H28年12月 国際ペット擁護血統証協会を団体設立し登録。
R 6年11月 検索エンジントップページ表示プログラム開発
【プロフィール】
1965年鹿児島県で6人兄弟の末っ子として誕生、巳年の八白土星、A型。
貧しき少年時代の中、負けん気だけは、周りの人の何百倍と持って生まれ、負けん気が強いという事は、責任感が強い強いと言う事につながり、常に貧乏からの脱出を考えて、小学4年生から新聞配達員になり、成長した町で一番多くの部数を配達するようになり、常に成功を収めるには?と考え、少年時代を送る。
中学3年生の時には、後輩が毎日カンパを集めて月に26~27日、毎日13,000~16,000円は持って来ていた。
月には新聞配達代16,400円とカンパで贅沢な中学時代であった。
15歳、鹿児島県立川内商工高等学校に入り、喧嘩に明け暮れ担任から『高校をやめてくれ。』と頼まれ、新聞配達の給与から6,700円6月分の月謝を払っていたので担任に『月謝を払っているから今月一杯はいるから。』と言って、1年の6月30日をもって中退。
翌日7月1日から有限会社下園水産に正社員として入社。
毎月の月給65,000円の中から月々5万円を預金し16歳になって現金でオートバイ(ヤマハXJ400)を買った。
親父の跡を継がないと、親父が農業者年金を貰えないとの理由により、17歳の春に農業後継者として登録され、我兄弟6人が育った証の880万円の借金も私の名義になり、これではいけないと思いお袋に『田んぼを借りるだけ借りてけ。農業の借金は農業で返せな。』といい、今まで2.8ヘクタール耕作していた水稲をいきなり4.8ヘクタールに増やして耕作を始める。
若気の至りで、ヤンチャもかなりやってきたが、17歳の6月30日で退社。
翌日から、株式会社山武養豚場に就職し、昼間は養豚業、夜はそこの社長のやっていたスナックで深夜の2時まで働き、その時初めてカラオケなる装置を見、その時代は、まだ歌詞ブックを見て唄うハチトラという機器であった。
その後、自分で養豚を始める考えでいたので、農協協同組合と色々な打合せをして、3600万円を借りやろうと決めた矢先、打合せとは違う事を農協協同組合が言い出し、農協協同組合から騙されそうになり、養豚は駄目だなと見切りを付け養豚業を19歳の7月31日で止めた。
独立し訪問販売をしながら交通事故にあい1ヶ月半入院し、20歳になる1ヶ月前から、実兄がやっていたゲームリース業を始めた。
20代は、ゲームリースで儲けたが、カラオケハウスを経営し、そこの従業員に……‥円という、とてつもない金額を使い込みされる。
平成7年30歳、俗世間からの6年間に渡る遮断の中で、孤独を味わいながら、更に研究に打ち込み、平成8年から夢枕に立ち教えを説いてくれる「夢の中の師匠」が現れる。
平成9年「夢の中の師匠」から『替え歌カラオケをやってみろ。』とお告げを頂き、平成14年下山、平成14年5月、縁あって山崎住職から得度灌頂を頂き曹洞宗登録簿に登録され出家し僧侶となる。
平成15年、宗教関連と位置付け、今も活動している非営利団体国際人権擁護協会の前進となる国際人権擁護協会を設立し、皆さんの困っている事、相談・トラブル・その他ヤクザ屋さん右翼団体等、色々な人と話をして、諸問題やトラブルを解決して来た。
平成19年7月、現株式会社サンナを設立し、総合コンサルティング業務・産業財産権仲介業務・土木建築業務と幅広く、会社運営をやってきたが、体調不良の為、脳梗塞・心臓バイバス手術・胆のう摘出手術・C型肝炎等を併発し病気療養に励んで来た。
お蔭様で病気も治り、平成23年3月社名を現在の株式会社サンナに改め本日に至る。
平成9年に夢の中の師匠よりお告げを頂いた、替え歌カラオケの事は、平成15年に特許庁で調べたところ、通信カラオケの特許があり、平成26年にならなければ通信カラオケの特許期限はやってこず、
平成25年6月に出願し、平成27年3月に
『替え歌通信カラオケサーバ及び替え歌通信カラオケシステム』
の特許取得にこぎつけた。
後は、資金を集めてやり遂げるだけである。
カラオケの時代の改革をやり遂げ、宗教法人を買い取り無報酬の宗教を立ち上げ、世界の平和を替え歌でみんなが和を作り、世界平和を唱えていくつもりである。